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書評ー東野圭吾著「学生街の殺人」ー何者かになりたいあなたへ贈る

 初期の作品ほどエネルギーや情熱、爽やかさがあふれているのは音楽・小説どのジャンルにもいえることだろう。そして、この原則は、いまや泣く子も黙る超一流作家の東野圭吾氏の初期の作品であるこちらにもあてはまる。この作品の爽やかさと勢いたるや急性胃腸炎で病み上がりだった私でも、ものの3時間足らずでよみきってしまったほどだ。

 事件は、大学に行くふりをしてふらふらアルバイトをしている主人公の同僚が殺されたところから始まる。そして、その事件はやがて主人公の恋人が殺される連続殺人へと発展していくのだが・・

 学生街というタイトル通り、寂れた学生街のビリヤード場やバーが登場し、ほのかな青春の香りとどこか寂しさを感じさせながら物語は進行する。主人公の恋人が働くバー、そして、そこのママが隠していた秘密とは、二人が共有していた罪とは・・最後のどんでん返し含め目が離させない内容だった。

 個人的に驚きだったのは、チャットGPTが話題になり、いよいよAIに仕事が奪われるのではないかということが現実味を帯びている現在、30年以上前の今作にその疑念が言及されている点だ。そして、当時ははるか先の将来と思っていたことが今まさに現実になろうとしている。有名作家の慧眼たるやさすがというばかりだ。

 この作品を読んで青春のモラトリアムを思い出すもよし、ながーいモラトリアムをさまよっている人がヒントを見出すもよし。秋風のような爽やかさと寂しさを感じるだろう。