これは前回の続きです。筆者は裁判を直接傍聴したわけではなく、テレビ・新聞・インターネットの情報をもとに個人的な違和感を言語化しているだけですので、ファクトチェックは各自でお願いします笑
さて、前置きが終わったところで、例の銃撃事件があって統一教会問題が取り上げられて、なんだかモヤモヤすることがあった。そのモヤモヤを言語化するにあたって、まずそもそも被告は宗教2世なのかという疑問があった。いや、親が宗教をやっていて、その子どもという意味では間違いなく2世なのだが、私の身の回りのJW2世とは何かが違う。これはあくまで私の中のJW2世のイメージだが、自分が産まれた時にはすでに親がバプテスマを受けていて、生まれた時から聖書を教えられたというのがJW2世のイメージだ。では、被告はどうだろうか。これは裁判でも明らかになっているが、親が統一教会に入信したのが1991年と言われている。ちなみに1991年だと被告は小学校高学年頃だと思われる。その前から仮に親が統一教会の教えを受けていたとしても生まれた時から教えを受けていた可能性は少ない気がする。もちろん、それでも小さい時からということに変わりはないが。そんな背景をもとに被告の苦悩とは一体なんだったのだろうか。多くのJW2世が経験したような部活に入れなかったとか、学校で校歌を歌えず白い目で見られたとか、見ていいテレビ番組が制限されたとか、場合によっては、JW以外の友達は作れなかったといった経験をしただろうか。もちろん、詳細は本人に聞かないとわからない。そして、JWと統一教会では微妙に違いもあると思われる。明かされている事実を述べるなら、被告は学生時代には部活動にも所属し、県内でもトップクラスの進学校に進学している。そして、他のJW二世との最も大きな違いは、被告は自分が統一教会をするかどうかという点では悩んでいなかったと思われるという点だ。いや、もしかしたら小さい頃は親と同じことをしないといけないのかという宗教2世特有の悩みはあったかもしれないが。では、被告の苦悩とは一体何だったのだろうか。
それは裁判記録などからも明らかな通り、宗教によって親が奪われ、金が奪われ、家族が奪われたこれに尽きるのではないだろうか。と同時にこの苦悩は宗教2世としては異質なものに自分には感じられた。なぜなら多くのJW2世の悩みは、自分も親と同じ宗教をしないといけないのだろうか、もっと自由に生きれたらいいのにというのがありがちな悩みであって、少なくとも親をJWから抜けさせたいということで悩んでいる人は少ないと思われるからだ。もちろん、これは少なくともJWにおいては、統一教会で見られるような金銭問題が生じることがほとんどないからであるからだとも思われる。そして、宗教によって親が奪われ、金が奪われ、家族が奪われる、この文脈は宗教という言葉を他の言葉に置き換えても成立することにも気づく。例えば、宗教という言葉を不倫という言葉に置き換えるとどうだろうか。不倫によって、親が奪われ、金が奪われ、家族が奪われる。こうすると意外と身近にも起きそうな話に思えてくる。まとめると、宗教が絡んだ金銭問題、そしてそれによる家族崩壊というわけだが、これは決して宗教2世特有の問題ではないことにも気づく。なぜなら宗教による金銭トラブルというのは事実上誰にでも起こりうるからだ。これがおそらくは私の違和感の正体だった。
確かに、被告は広い意味では宗教2世だが、被告自身が問題に感じていたのは、宗教2世特有のものではない。主要な問題は宗教が絡んだ金銭問題とそれによる家庭崩壊であると思われれる。
何でこんなことを長々書いたかというと、宗教2世と1口にいっても状況は様々だし、1口にラベリングすることはできないし、どうも件の銃撃事件の後に起きた宗教2世裁判の影響もあってか、真の問題点がぼやけているような気がしたからだ。統一教会だけに限らず、どの宗教も多額の金銭トラブルを起こさせない仕組みづくりが必要なのだろう。その対策こそ、宗教2世に限らず、全ての世代の人が求めていると思う。